対話から、

大学は動き出す。

大学の中にある教育の価値を掘り起こし、

社会に届く言葉へ整えます。

発信量ではなく、信頼が残る言葉をどう置くか

2026年度は、「学生募集と広報」をテーマとした東京・大阪での3回の講演からスタートしました。

その中で、私は一貫して「広報は発信ではない」ということを軸に、大学広報が果たすべき役割についてお話ししました。

広報の役割は、外に情報を発信することだけではありません。
むしろ重要なのは、大学の「内」と「外」をつなぐ機能を担うことです。

まず「内」について考えてみます。

これまで多くの大学を訪問してきて感じるのは、規模や立地、偏差値にかかわらず、安定している大学には共通点があるということです。

それは、ベクトルが揃っているということです。

経営方針、教育、広報、入試。
それぞれが別々に動いているのではなく、大学としてどこへ向かうのかが、ある程度共有されている。

逆に苦戦している大学では、経営は経営、教育は教育、広報は広報、入試は入試と、それぞれが分断され、内側をつなぐ機能が弱くなっているように見えます。

もちろん、短いスパンで見れば、入試結果はさまざまな要因で変動します。
学部・学科の新設や改組、入試制度の変更、学部系統の人気・不人気などによって、単年度の結果は大きく動きます。
したがって、入試結果だけで大学の状態を判断することは簡単ではありません。

しかし、別の視点から観察すると、少し違うものが見えてきます。

たとえば、次のようなことがあります。

オープンキャンパスは盛況なのに、出願が伸びない。
広告費は増えているのに、定員を満たせない。
新学部を設置したのに、メッセージが届かない。

こうした現象は、一見すると「広報の露出不足」や「広告の弱さ」の問題に見えるかもしれません。

しかし、その奥にあるのは、しばしば意思の不一致です。

大学としてどこへ向かうのか。
どのような学生を育てたいのか。
その教育の価値を、どの言葉で社会に伝えるのか。

そこが学内で十分に共有されていないまま、外向きの発信だけが増えていく。
その結果、情報は出ているのに、大学の意思が伝わらない状態が生まれます。

広報は、外向きの発信部署ではありません。
組織内部と外部をつなぐ機能です。

そして、この大学はどこに向かっているのかを可視化する役割を担うのが、広報なのだと思います。

講演では、この視点から、苦戦しているといわれる小規模大学の中にも、確かに成果を出している大学があることを、いくつかの事例を交えてお話ししました。

ここからが、今回のコラムの本題です。

講演をしている最中に、ひとつの発見がありました。
セミナーなどで話していると、口では予定していた内容を話しながら、頭の中では別の思考が動き出すことがあります。
おそらく、同じような経験をされた方もいるのではないでしょうか。

そのとき、ふと浮かんだのが、

学校広報と学校広告は違う

という言葉でした。

そんなことは当たり前ではないか。
広報に関わってきた人間が、今さら何を言っているのか。

そう思われるかもしれません。

けれども、そのとき私が感じたのは、単なる言葉の違いではありませんでした。

私たちは日々、大学の良さを伝えようとして広報活動に取り組んでいます。
しかし、受け手である高校生には、それが「大学からの大切なメッセージ」ではなく、ただのやかましい広告として映っているのではないか。

もしそうだとすれば、デジタルネイティブであるZ世代の学生たちは、広告を自然にスルーする感覚の中で、大学からの言葉も一緒に通り過ぎているのかもしれません。

情報は届いている。
けれど、信頼としては残っていない。

ここに、これからの学校広報が考えるべき大きな問いがあるように思います。

学校広告は、関心を奪いにいく。

学校広報は、信頼が残る言葉を置く。

だとすれば、私たちが見直すべきなのは、発信量ではなく、言葉の置き方なのかもしれません。

大学の中にある教育の価値を掘り起こし、
それを社会に届く言葉へ整えていくこと。

そこに、AI時代の大学広報の役割があるのではないでしょうか。